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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)4751号 判決

判  決

大阪市東区淡路町五丁目二番地

原告

富国信用組合

右代表者代表理事

長谷川武彦

右訴訟代理人参事

河原義一

同弁護士

西昭

東京都中央区京橋三丁目二番地の二

被告

大映株式会社

右代表者代取締役

永田雅一

右訴訟代理人弁護士

植垣幸雄

京都市右京区鳴滝音戸山町四番地

被告

岡田正夫

大阪市南区坂町四七番地

迫田一雄

右両名訴訟代理人弁護士

田畑政男

同市北区曾根崎新地三丁目三二番地

被告

山田勇平

右訴訟代理人弁護士

河原正

右訴訟復代理人弁護士

達本伊三男

主文

被告等は各自、原告に対し、金二〇〇万円、及び、これに対する昭和三一年四月三日から完済まで年六分の金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は仮に執行できる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決、ならびに、仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一、原告は、昭和三一年二月一三日、被告山田から、金額を金二、五〇〇、〇〇〇円、満期を同年三月三一日、振出地及び支払地を大阪市、支払場所を株式会社埼玉銀行大阪支店、振出日を同年一月二〇日、振出人を被告会社梅田大映劇場管理者岡田正夫及び被告岡田、受取人及び第一裏書(拒絶証書作成義務免除)人を被告迫田、第一被裏書人を被告山田とした約束手形一通を、拒絶証書作成義務免除の上裏書を受けたので、これを訴外株式会社大和銀行に取立委任裏書をし、同訴外銀行をして、満期日に支払のため支払場所に呈示させたところ支払を拒絶されたから、ここに、被告等に対し、右手形金の内金二、〇〇〇、〇〇〇円、及び、これに対する満期以後である同年四月三日から完済まで、手形法所定年六分の利息金の合同支払を求める。

二、被告会社に対する主張

(一)原告は、同年二月一三日、タイル工事請負業を営む被告山田に対し、被告会社経営にかかる梅田大映劇場内の喫茶室改造資金として金二、五〇〇、〇〇〇円を貸与し、これが支払のため本件手形の裏書を受けたもので、被告山田は、右貸付金の内金九一二、四五〇円を普通予金、内金二二七、五〇〇円を定期積金、内金五〇、〇〇〇円を出資金内金六〇、〇〇〇円を本件手形割引料、内金一〇〇、〇〇〇円を当時原告に対して負担していた借受金の弁済に充てるため、右合計金一、三四九、九五〇円を原告に支払い、その後同年三月二八日までに、六回にわたり、右普通予金から合計金九一〇、〇〇〇円を引出しているものである。

(二)被告岡田は、被告会社を代理して本件手形を振出す権限を有したものである。即ち、被告会社は、被告岡田を社長直轄の職務たる梅田大映劇場管理者に任命し、同劇場管理の最高主宰者として部長待遇を与えていたものであり、被告岡田は、被告会社直営の同劇場の管理(改築、修理を含む)、同劇場内喫茶店の経営仕入を含む)貸室の管理、ならびに、これらに関する金銭の出納等一切の業務を行う権限を有するとともに、被告会社本社経理部長星田勝次郎の勧告により、同劇場管理者名義をもつて、訴外埼玉銀行大阪支店と当座取引をし、小切手の振出行為をしていたものであるから、手形振出についても同被告はこれをなす権限を有していたものであって、被告会社主張の経理規定は、本件手形振出当時存しなかつたものであり、仮に存したとしても、右規定に定められたところと被告会社における実際とは必ずしも一致していなかつたことは、前記当座開設の一事によつても明かであつて、むしろ被告岡田は右規定に定める出納責任者の地位にあつたものとみるべきであり、また、右規定第二三条の手形発行権限に関する制限も、取引上善意の第三者に対抗できないものである。

(三)仮に、被告岡田に被告会社を代理して手形行為をする権限がなかつたとしても、被告会社は、被告岡田をして前記管理者たる名称を使用させ、かつ、劇場管理の主宰者たる地位を与えていたものであるから、被告岡田の本件手形振出は、いわゆる表見支配人の行為に該当し被告会社は商法第四二条により、本件手形金を支払う義務がある。

(四)被告岡田は、被告会社の主張自体からみても、前記劇場の番頭―部長待遇の管理主宰者として、劇場管理につき包括的代理権を有し、右管理上前記の通り当座取引をする権限を有していたものであるから、被告岡田が管理者名義をもつて振出した本件手形について、被告会社は商法第四三条によりその責に任ずべきである。

(五)仮に、商法第四二条又は第四三条の適用がないとしても、被告岡田は、前記の通り主宰者的地位にあり、小切手振出の権限を与えられていたもので、本件手形割引当時、本件貸金を前記劇場内喫茶店の改造資金に充てる旨、被告山田とともに原告に対し回答していたものであつて、本件手形振出人名下の被告会社管理者の印影が、前記当座取引に使用されている印鑑の印影と照合して、両者が同一であることを確認した原告において、被告岡田の右回答の内容、ならびに、同被告に被告会社を代理して本件手形を振出す権限があるものと信じて本件手形の裏書を受けたものであつて、かく信ずるにつき正当の事由があるから、被告会社は民法第一一〇条により本件手形金を支払う義務がある。

三、被告会社に対する予備的請求原因

仮に、被告会社に本件手形振出人としての責任がないと、すれば、原告は、被告会社に対し、民法第七一五条により損害賠償を請求する。即ち、被告会社大映劇場管理者として、劇場建物の管理のみならず、被告会社直営喫茶店の監督、貸地下室賃料取立等の業務を担当していた被告岡田が、原告から本件手形割引を受ける際、被告山田とともに原告に対し、本件借受金を右喫茶店改造資金に充てる旨回答し、その後貸付残金を被告山田に交付するにあたつてした原告の改造工事完了の有無についての照会に対し、右工事が完了した旨回答し、被告山田から受領した本件貸付金の内金一、〇〇〇、〇〇〇円を、被告会社関西支社が負担していた債務の弁済に充当している事実を綜合すると、被告会社の被用者たる被告岡田が、その業務を執行するにつき、その地位を利用し、被告山田及び迫田等と通謀して、本件手形を振出す権限がないのにあるように装い、その旨原告を誤信させた上本件貸付行為をさせ、原告に対し本訴請求額と同額の損害を与えたものといわねばならないから、被告会社は被告岡田の使用者として、原告に対し右損害を賠償する義務があるから、これが履行を求める。」と述べ、証拠として(中略)

被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

被告会社訴訟代理人は、答弁として、

「原告主張の事実中、被告会社が原告主張の約束手形を提出した事実を否認する。

(一)本件手形は、被告岡田が、訴外浅田一次外二名との間に、河内市内において映画館を経営するため組合契約を締結し、被告迫田をして鉄筋コンクリート造の映画館建築工事を請負わせたが、被告迫田から右工事代金支払の督促を受けたので、これが支払資金捻出のために振出されたもので、被告岡田は被告山田及び原告に対し、これが割引の方法により、右支払資金の融資方を依頼したところ、原告において、係員池田某を現地に派遣して資金の用途等を調査させた上、被告岡田に対し融資する旨決定したが、中小企業等協同組合法第七六条、協同組合による金融事業に関する法律等により、原告の組合員でない同被告に直接融資することができないため、組合員たる被告山田を裏書に加え、本件手形割引の方法を採つたもので、実質的には原告から被告岡田に直接融資したものであつて、本件手形は被告会社の関知しない手形である。

(二)被告会社の関西における会計単位は関西支社であり、その支社長を経理責任者、その経理課長を経理の直接責任者と定めており、被告会社梅田大映劇場管理者なる会計単位は存在しないのみならず、被告会社においては、その支社等における収納金は、即日本社の当座予金口座に振込まねばならない建前で(被告会社経理規程第二三条)、支社等の必要資金は、予算により本社から送金し、予算以外の送金は取締役会の承認又は禀議による社長決裁を要し(同第二七条)、支社等においては資金の借入、投資及び貸付を禁じている(同第二八条)ような理由から、手形の振出、裏書、引受等はすべて社長名義をもつて行い、その記名捺印は、社長の委任を受けた財務担当取締役がこれを行うべきことが定められており、かつ、本社以外の各会計単位においては、手形行為をすることを厳禁されているのであつて、被告岡田は、被告会社を代表する権限は勿論、被告会社梅田大映劇場管理者名義をもつて手形を提出す権限を有しない。また、被告会社は、右劇場の建物を所有するに過ぎず、同劇場における映画興行は訴外大映興業株式会社がこれを経営しており、被告岡田は、被告会社と同訴外会社間の映画フィルムの貸借、その他興業に関する取引の折衝については全くこれに関与せず、単に同劇場の番人ともいうべき立場において、被告会社直営の同劇場内の喫茶店の経営、手持金(管理費)三十五万円以内においてする煙草の仕入、ごく小額の支出で足る建物設備の小破損の修理、諸雑費の支払同劇場地下室賃貸料の取立事務を担当するに過ぎず、被告会社を代理して本件手形を振出す権限を有していなかつたものであつて、訴外株式会社埼玉銀行との当座取引も被告岡田が被告会社に無断でしたものである。従つて、被告会社は、被告岡田が無権限で振出した本件手形について、その責に任ずべき限りでない。

(三)商法第四二条の不適用について。

本件手形に記載されている被告会社梅田大映劇場管理者なる名称は、右法条にいう本店の営業の主任者たることを示すべき名称でないことは多言を要しないところであり、また同法条にいう支店とは、本店の営業の部類に属する取引が継続的に行われ、しかも一定の範囲内において独立の権限をもつて決定され得るものでなければならず、少くとも支店には、代理権とある程度の独立した決定権を有する首長があることを要するところ、被告会社は、映画の製作、配給及び興業を目的とし、附随的に映画館を所有するけれども、直接映画の上映をしない建前で、訴外大映興業株式会社に建物を使用させ、映画を同訴外会社に配給して上映させる業態をとつているものであつて、

(1)被告岡田は、映画の製作、配給及び上映業務に全く関係しない前記のような管理者としての職務を執るに過ぎないものであるから、前記劇場が右支店に該当しないことが明かであり、また、同劇場は被告会社関西支社(同支社も支店として登記されていないから商法上の支店ではなく、支社長といえども支配人としての包括的な代理権がない)の指揮系統に属せず、従つて、被告岡田は、右支社における営業の主任者ということにはならない。

(2)仮に、劇場管理者なる名称が、支店における主任者たることを示す名称であつたとしても、管理者たる被告岡田の有した権限は前記の通りであるから、同被告が当然に手形行為をなし得る権限を有したものということにはならない。

(四)商法第四三条不適用について。

(1)被告岡田は、右法条にいう特定の事項の委任を受けた使用人に該当しないが、仮にこれに該当するとしても、同被告の管理者としての権限は前述した通りであつて、手形の振出等の行為をなし得ないものであるから、本件手形振出について右法条の適用がない。

(2)仮にそうでないとしても、同被告は、管理者としての職務に関係のない同被告個人の債務の支払のために本件手形を振出したのであつて、同条第一項の委任を受けた事項に関しして振出したものでないから、同条の適用がない。

(五)民法第一一〇条の表見代理の規定不適用について。

右法条にいわゆる第三者とは、無権限者の手形提出行為の関係においては手形受取人を指すものであるところ、本件手形受取人が被告迫田であることは本件手形の記載によつて明かであるから、原告は右法条の適用を主張する適格を有しない。

(六)原告の予備的請求原因について。

(1)被告岡田の有した管理者なる名称は、被告会社において同被告のためにのみ与えられた臨時の特殊なもので、正規の職制上にはその定めがなく、同三一年三月一七日、同被告が被告会社を退社すると同時に廃止されたものであり、被告岡田の職務権限中には、前記(二)において述べた通り手形振出の権限がなかつたのみならず、同被告が右職務と全く関係のない同被告個人の債務弁済に充てるため、本件手形を振出したものであるから、本件手形振出は、同被告が被告会社の事業の執行につきなされたものということができない。

(2)仮に被告会社に損害賠償義務があるとしても、原告は、被告山田に対して、本件手形割引金の内金一、一五〇、〇五〇円を交付したのみで、残額一、三四九、九五〇円については、第一次請求原因二(一)主張の通り、原告の帳簿上に振替操作が行われているだけであつて、この分については原告はなんらの損害を受けていない。従つて、いずれの点よりするも、原告の損害賠償請求は失当である。」と述べ、証拠として、(中略)被告岡田及び迫田訴訟代理人は、答弁として

「原告主張の事実中、被告岡田が原告主張の約束手形一通を振出し、被告迫田がこれを原告主張の通り被告山田に裏書したこと、本件手形が、原告主張の通り取立受任銀行によつて、満期日に支払場所に呈示されたが、支払を拒絶されたことは、いずれもこれを認めるが、本件手形は被告岡田個人が振出したもので、振出人として同被告の署名をしたほか、被告会社梅田大映劇場管理者岡田正夫の署名をしたのは、被告岡田が、たまたま右管理者であつたため、原告の指示懇請により共同振出の形式を執つたにすぎず、また、被告迫田の裏書も、原告の指示に従つてした(抗弁ではない。)ものである。即ち、被告岡田は被告迫田を介して某から借受けていた金二、五〇〇、〇〇〇円の弁済の請求を受けたので、これが弁済資金に充てるため、被告迫田と相談の上原告の組合員たる被告山田を通じて、原告から融資を受けようと考え、原告に対し、前記劇場喫茶室の改造模様替の費用に充てる旨を述べて融資を依頼したところ、原告は、本件手形の形式ならば融資する旨回答があつたので、ここに、本件手形を振出したものであるが、原告は、本件手形割引による貸金の内金一、〇〇〇、〇〇〇円を交付し、残額は右喫茶室改造工事完了の際交付すると約したまま、未だ残額を支払わないから、被告岡田及び迫田には右交付を受けた金額を超える部分については、これを支払う義務がない。」と述べ、(中略)

被告山田訴訟代理人は、答弁として、「原告主張の事実中、被告山田が原告に対し、その主張の通り本件手形を裏書したことは認めるが、右裏書ならびにその前後の事実関係は次の通りである。即ち、昭和三一年二月初め頃、前記劇場管理者たる被告岡田と同迫田が、タイル工事請負業等を営む被告山田に対し、右劇場内喫茶室増築工事の内タイル工事を被告山田にさせるから、右増築工事用資金を本件手形割引の方法で調達してほしいと依頼すると同時に、右劇場が訴外株式会社埼玉銀行大阪支店と取引があり、被告岡田が管理者として、被告会社を代理して手形行為をする権限を有しているから心配ない旨言明したので、被告山田、右訴外銀行に照会して、被告岡田等の右言明事実が間違いないことを確かめた上、原告に対し、本件手形の割引を依頼したところ、原告においても調査の上被告岡田等の右言明事実を確認したので、被告山田は、本件手形の裏書をして、原告から本件手形の割引を受け、割引金二、五〇〇、〇〇〇円の内金九一二、四五〇円を原告への普通予金として予入し、内金四三七、五五〇円を本件手形割引料、定期積金、出資金等として原告に支払い、残額一、一五〇、〇〇〇円を受領した(右授受の事実については被告岡田等も事前にこれを了承していた)ので、その内金一、〇〇〇、〇〇〇円を被告岡田に交付し、同被告はこれを被告会社に送金したものであるが、被告岡田が前記増築工事を完成せず、また、本件手形金の支払をしないため、被告山田は、被告会社にかわり、本件手形金の内金五〇〇、〇〇〇円を前記普通予金から引出して原告に弁済したものである。」と述べ、証拠として、(中略)

理由

一、被告会社に対する請求についての判断。

(一)原告が、昭和三一年二月一三日、被告山田から、金額を金二、五〇〇、〇〇〇円、満期を同年三月三一日、振出地及び支払地を大阪市、支払場所を株式会社埼玉銀行大阪支店、振出日を同年一月二〇日、振出人を被告会社梅田大映劇場管理者岡田正夫及び被告岡田、受取人及び第一裏書(担絶証書作成義務免除)人を被告迫田、第一被裏書人を被告山田として約束手形一通を、拒絶証書作成義務免除の上裏書を受けたので、これを訴外株式会社大和銀行に取立委任裏書をし、同訴外銀行をして、満期日にこれを支払のため支払場所に呈示させたところ支払を拒絶されたことは、被告会社において明かに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

(二)本件手形振出及び割引の経過。

(証拠)に弁論の全趣旨を考え合わせると、後記認定のような権限を有する株式会社梅田大映劇場管理者たる地位にあつた被告岡田が、昭和三一年一月頃、右劇場内にある被告会社直営の喫茶店を拡張しようと考え、建築請負業者である被告迫田に相談したところ、拡張資金として約金二、五〇〇、〇〇〇円は必要であるとのことであつたので、そのままになつていたが、その後右金額では拡張工事資金に不足であることが分つたので、右工事をしないことにしたけれども、当時、被告岡田の責任において被告会社本社に送金しなければならない被告会社関西支社関係の金員捻出の必要が起つていたところから、同月終り頃、右管理者名をもつて作成した本件手形(甲第一号証)を被告迫田に示してこれが割引方相談したところ、前示のいきさつから、右割引金をもつて前記拡張工事資金に充てるものと速断した被告迫田において、タイル工事を業とする被告山田に対し、右割引ができれば前記拡張工事の内タイル工事を請負わせてやる旨言明して割引斡旋方を依頼したので、これを信じた被告山田が、原告に対し、右割引斡旋依頼を受けた事情を話して本件手形の割引方を申し入れたこと、右申し入れを受けた原告において、本件手形割引金が前記拡張工事資金に使用されることの有無について、同年二月三日頃、係員池田力を前記劇場内の被告岡田の許に赴かせて調査させたところ、同被告が、池田を前記喫茶店内に連れてゆき、店内の各所を指示して拡張工事の計画等を説明し、割引金を右工事資金に充てる旨回答したので、池田から右のような説明があつた旨の報告を受けた原告が、その旨信用した結果、実質上は被告会社のために割引するものであるが、原告組合の特殊性ならびに手形の担保力増大の意味から形式上原告から被告山田に割引いたようにするため、本件手形に、振出人として被告岡田個人を加え、被告迫田及び山田の裏書をすることを被告山田に要求した結果、同月一三日同被告から右要求通りの本件手形の裏書を受け、同被告に対し、金二、五〇〇、〇〇〇円を貸与したこと、右割引については、割引の際約金一、〇〇〇、〇〇〇円を交付し、残額は前記拡張工事の大半が終了したときに交付する約束であつたため、同被告が、右貸金の内金九一二、四五〇円を普通予金、内金二二七、五〇〇円を定期積金、内金五〇、〇〇〇円を出資金、内金六〇、〇〇〇円を本件手形割引料、内金一〇〇、〇〇〇円を当時原告に対して負担していた借受金の弁済に充てるため、右合計金一、三四九、九五〇円を原告に支払つたこと、同月中旬、前記工事の進捗状況を調査するため前記劇場を訪ずれた前記池田力を、被告岡田が前記喫茶店に案内し、なんらの拡張工事も施行されていなかつたのにかかわらず、拡張工事が殆んど完成したといつわつて店内各所を指示したため、その指示する造り工事が施行されたものと錯覚誤信した同人から、工事が大半完了した旨の報告を受けた原告が、その頃から同年三月末頃までの間に、被告山田の払出請求に応じ、数回にわたり前示普通予金として預つた金員全額を支払つたことが、それぞれ認められ、右認定を覆えすに足る証拠がない。

(三)被告岡田の手形振出権限の有無。

(証拠)を考え合わせると、被告岡田は昭和一七年一月から同三一年三月一七日頃まで(残務整理は同月末頃まで)被告会社に勤務し、その間、被告会社大阪支店(後に関西支社と改称)総務部長、支店長、支社総務課長等を歴任した後、同三〇年七月一一日から前記劇場管理者に就任したこと、右管理者なる地位名称は、被告会社が被告岡田のために、特に社長の決裁を経て設けたもので、社長若しくは被告会社本社の財務担当取締役の直接の指揮監督を受け、部長待遇をもつて遇せられ、被告会社所有にかかる前記劇場建物の管理、被告会社経営にかかる右劇場内喫茶店及び売店における商品の仕入販売、右劇場地下室にある貸室の貸借に関する交渉、及び賃料の取立、金銭の出納等の職務を行い、本体手形の支払場所として記載されている訴外埼玉銀行大阪支店には、本社経理担当取締役星田陽次郎の指示により、被告会社梅田大映劇場管理者岡田正夫(本件手形振出人の表示の表示と同じ)名義をもつて当座予金口座を設け、従つて、小切手を振出す権限を有していたこと(右認定に反する証人星田の証言の一部は信用できない。)が認められるけれども、被告岡田が被告会社を代理して金員を借受けたり約束手形を振出したりする権限を有することについては、これを認めるに足る的確な証拠がない。却つて、前掲証拠によると、被告岡田が管理者名をもつて本件手形以外に振出した手形も、同被告において取引先の便宜を図るために本社に無断で振出したもので、同被告には被告会社を代理して手形を振出す権限が無かつたことが認められるところであるから、同被告に右権限の存することを前提とする原告の主張は理由がない。

(四)商法第四二条及び第四三条適用の有無。

原告は、被告岡田の本件手形振出について、商法第四二条及び第四三条の適用があると主張するところ、被告会社梅田大映劇場が、被告会社の支店として登記されておらず、また、支店としての実体を備えていないことは弁論の全趣旨によつて明かであるから、かかる劇場の管理者の行為について商法第四二条を適用し得ないことはいうまでもないところであり、また、前掲証拠によると、被告会社は、右劇場において映画興行を行うものでないが、劇場建物を所有し、その地下室を第三者に賃貸し、劇場建物内の喫茶店、売店を経営しているものであつて、右は被告会社の営業であることはいうまでもなく、右建物、貸室、喫茶店及び売店の管理者が右営業に関し委任を受けた事項について、被告会社を代理する権限を有することは同法第四三条により明かであるけれども、被告岡田は、右劇場建物(喫茶店を含む)の増改築については、原則として独断でこれをする権限なく、すべて被告会社本社の指示決裁を仰いでいたもので、単に小箇所の修理についてのみ右指示決裁を受けずに行い得る権限を有していたに過ぎないものであるから、本件手形金相当額を要するような拡張工事を被告会社を代理して行う権限を委任されていなかつたといわねばならない。従つて、右工事資金に充てるためと称して振出された本件手形振出行為について商法第四三条を適用することができない。

(五)民法第一一〇条適用の有無。

約束手形振出人の行為につて民法第一一〇条の適用があることはいうまでもないところ、この場合同条にいわゆる第三者とは、通常は手形に受取人として記載された者を指し、その者から裏書を受けて手形を所持する者を含まないと解すべく、従つて、受取人について表見代理が成立すれば、爾後の手形譲受人が悪意であつても振出人に対し手形上の権利を行使し得る反面、受取人が、振出人についての表見代理を主張し得ないときは、たとい爾後の手形譲受人において、振出人に手形振出の権限ありと信ずべき正当の事由があつたとしても、振出人に対して手形上の権利を取得し得ないことになる(近時の学説、ならびに、裁判例に右見解と異るものが見受けられるが、当裁判所の採らないところである。)。しかし、手形受取人として形式上記載された者が振出人に対し、表見代理を主張し得ない場合であつても、右受取人が振出人と手形授受ないし手形原因について実質上の関係がなく、手形に被裏書人と記載された者若しくは白地裏書のときの所持人と振出人との間に右実質上の関係が存する場合においては、所持人は振出人に対し、直接表見代理を主張し得ると解すべきである。

これを本件について考えてみるに、前示(二)及び(三)において認定した通り、前記劇場管理者たる被告岡田は、右劇場建物、喫茶店及び売店、地下室の管理、喫茶店及び売店における商品の仕入、販売、金銭の出納、小切手の振出等を被告会社を代理して行う権限を有していたが、約束手形を振出したり、右喫茶店の大改造をする権限を有しなかつたのに、この権限があるように云つて本件手形を振出したものであるところ、(証拠)を綜合すると、原告が、被告山田から、本件手形割引の依頼を受けたので、依員池田力及び新美東をして、被告岡田の本件手形振出権限等について調査させたところ、被告会社関西支社(総務部)の職員からは、前記劇場が被告会社の一営業部門であり、被告岡田が右劇場の一切を管理しているとの回答があり、また、訴外埼玉銀行大阪支店に対しても、電話照会をした結果、同訴外銀行においては、被告会社と前記管理者名義をもつて当座取引をしており、本件手形振出人の記名印及びその名下の印影が右当座取引に使用されているものと同一である旨、ならびに、管理者名義をもつて振出した手形もこれまでに取扱つたことがあり、大丈夫だと思う旨の回答に接し、他面被告岡田を訪問して調査した結果、同被告から本件割引による貸金が前記劇場内喫茶店拡張工事資金として使用される旨の回答を得たので、同被告が、右劇場管理者として右拡張工事を施行する権限を有し、かつ、右工事資金捻出のため、被告会社を代理して本件手形を提出す権限があるものと信じた結果、前示認定の通り、原告組合の特殊性ならびに担保力増大の意味から、手形受取人被告迫田及び山田(両名共実質上は割引斡旋をしたに過ぎない。)の裏書を求め、かつ、割引による貸金の相手方を被告山田として処理しているけれども、実質上は被告会社に対し前記拡張工事資金として貸与する趣旨(右貸付が実質上原告と被告岡田の間でなされたことは、被告会社も認めているところである。答弁(一))で本件手形の割引をするに至つたことが認められるところであり、右認定の諸事実を綜合して考えると、原告が右のように信じたのは無理からぬところであつて、結局、原告が被告岡田が管理者として被告会社を代理して本件手形を振出す権限ありと信じ、かつ、そのように信ずるについて正当な事由があつたものといわねばならないところである。而して、右認定の事実によれば、本件手形受取人兼第一裏書人たる被告迫田、及び、第二裏書人たる被告山田が、被告会社に対して表見代理を主張し得るかどうかの点についての判断はしばらく措くとしても、少くとも、原告が被告会社に対して直接表見代理を主張し得ることは、本項冒頭後段に例外的場合として説示したところによつて明かである。

仮に、原告と被告山田との間、ならびに、同被告と被告会社間に、それぞれ本件手形の授受、ないし、その原因関係について実質的な関係があり、従つて、被告山田において被告会社に対し表見代理を主張し得ることを要するとしても、(証拠)によると、被告山田は、本件手形が確実なものであるかどうかについての調査を、すべての原告のなすところにまかせ、原告の前示調査結果を信じていたことが認められるところであつて、右事実によれば、同被告も被告会社に対し、直接表見代理を主張し得るものであることは、原告がこれを主張し得るとした前示理由と同一の理由によりいうまでもないところである。

(六)してみると、その余の点について判断するまでもなく、被告会社は、表見代理人たる前記劇場管理者被告岡田の本件手形振出について、振出人としての責任を負わねばならないところであるから、被告会社に対し、本件手形金の内金二、〇〇〇、〇〇〇円、及び、これに対する満期以後である同三一年四月三日から完済まで、手形法所定年六分の利息金の支払を求める原告の本訴請求は正当である。

二、被告岡田及び迫田に対する請求についての判断。

原告主張の事実は、当事者間に争いがないところ、被告岡田が共同振出人同迫田が第一裏書人となつた事情が、前示(一、(二))の通り主として本件手形の担保力の増大の趣旨でなされたものであることは右箇所に認定したところであり、また、本件手形割引による貸付金が、原告から被告山田に全額支払われていることも、右同一箇所において認定した通りであるから、右被告両名の抗弁は理由がない。

してみると、右被告両名はいずれも裏書人として合同して、原告に対し、被告会社と同一の手形金内金及び利息金を支払う義務があるわけであつて、これが支払を求める原告の本訴請求は正当である。

三、被告山田に対する請求についての判断。

被告山田が原告に対し、本件手形をその主張の通り裏書したことは当事者間に争いがなく、本件手形が原告主張の通り呈示されたが、その支払を拒絶されたことは同被告において、また、同被告が本件手形金の内金五〇〇、〇〇〇円を弁済したことは原告において、いずれも明かに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

してみると、同被告は、原告に対し、その余の被告等と合同して、これと同一の手形金額及び利息金を支払う義務があるわけであるから、被告山田に対し、これが支払を求める原告の本訴請求もまた正当である。

四、よつて、原告の被告等に対する請求を全部正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して、主文の通り判決する。

大阪地方裁判所第二八民事部

裁判官 下 出 義 明

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